キャッチ アンド リリース
キャッチ アンド リリース。 この言葉を最初に耳にしたのは、ちょっと昔の話。 どのぐらい昔かっていうと、この私が覚えているぐらいだから、たいした昔じゃない。
彼の大橋巨泉。 カナダ人だかオーストラリア人だか分からなかったけど、日本の国会議員になれたんだから日本人だったんだ。 その大橋巨泉が昔テレビでやっていた “11PM”。 矢追純一なんていうアヤシゲなディレクターもいたね。 今では何とか研究家になって、時々テレビに出てきてアヤシゲなことを喋っている。
その“11PM”のコーナーの中で、“名人”服部善郎なんかが出てくるフィッシングのコーナーがあった。 釣りじゃないよ、“フィッシング”。
そこで、大橋巨泉が盛んにブチアゲていたのが、キャッチ アンド リリース。 まるで、これをやらないと釣りをする資格がない、みたいに言っていたことを思い出す。
ゲームが終わったら、その対象(魚)は自然に帰してあげなくてはいけない、というような論理らしい。
しかし、こちら(人間)はゲームのつもりでも、あちら(魚)にしてみれば命のヤリトリをさせられてるんだ。 さぁ 自然にお帰り、なんて言われたってタマランだろうよ。
私に言わせれば、これはもう人間の傲慢そのものだ。命を弄んでいる。
私も、“キ”が付くほどではないにしろ、釣りをやる。 確かにその目的のほとんどは遊びだが、魚はウマイ、だから釣りをする。
人間は、つねに他の命を奪って己の命を永らえている。 そして、人間はこれを自覚することができるんだ。
魚のために涙を流せとはいわんが、“己の命を永らえるために”を釣りの目的の1%ぐらいに加えてほしいな。
魚を釣ったら食ってやろうぜ。 そして、食いきれない魚は釣らないようにしようぜ。
(どうも不遜な書き方をしてしまって、申し訳ありません。 2回続けて謝ってしまった。)